昔のメイク方法とは?古代〜江戸時代のメイクと現代メイクの比較


今でこそ当たり前に行う「メイク」ですが、昔の人はどんな手段・目的で行っていたのでしょうか。

まだ道具が充実していなかった時代にも、化粧と呼ばれる習慣は存在しました。

日本のメイク文化を紐解き、どのような変化を遂げてきたかを知っておきましょう。

スポンサーリンク

昔のメイクはズバリ…!

When(いつ)
 古墳時代頃から平安時代頃にかけては

What(何を)
 赤・白・黒の3色を中心に

Why(なぜ)
 肌の保護や儀式などを目的とした

How(どのように)
 体や顔、歯などに染料を塗布する

メイクが主流でした。

When(いつ)
 江戸時代頃から

Who(誰に)
 一般庶民にも化粧が広まり

How(どのように)
 美やおしゃれを意識したメイクが増えていきました。

昔のメイクは「赤・白・黒」が中心!実用性や儀式的なものから美を意識したものへ


時代ごとに異なるメイク方法、「赤・白・黒」の3色からその移り変わりを見ることができます。

古代日本では「赤」、平安時代頃から加わる「白」、江戸時代には貴族だけのものだった「黒」を使ったメイクが大衆にも広まりました。

始めは肌の保護や儀式的な意味合いで用いられた化粧ですが、時代の流れとともに美意識追求の手段になっていきます。

赤を基調とした古代日本のメイク

美意識が芽生える前から存在した、化粧の習慣。

古墳時代の主な化粧道具は、赤土などから成る赤い顔料です。

日差しや虫から肌を守ったり、邪気を払うために生まれた手段でした。

赤は古くから魔除けの力があると信じられている色で、鳥居などにも使われていますね。

3世紀頃の日本について書かれた「魏志倭人伝」には、お歯黒を思わせる記述も。

大衆化するのはずっとあとのことですが、古くからある化粧の1つだったのです。

大陸から伝わった白粉の普及


奈良時代には中国や朝鮮の文化が渡来し、化粧品の輸入も行われます。

白粉が伝わったのもこの頃。

当時の女性天皇である持統にも献上され、大いに喜ばれたのだとか。

平安時代には赤よりも白が重視されるようになり、白塗りの習慣が広まりました。

同時期には、お歯黒が儀式として定着。

ただし、あくまで身分の高い者が行うもの、平安貴族に限った装いだったようです。

お歯黒や眉剃りが一般に広まる

化粧が大衆化したのは、江戸時代になってからと言われています。

流行メイクが生まれたり、化粧のハウツー本なども人気を博したとか。

貴族の化粧だったお歯黒が庶民に普及し、既婚女性の証として施されました。

黒は何色にも染まらないことから、“貞節を守る”という意味を持ちます。

出産後は眉を剃り落とす習わしもあるなど、通過儀礼としての化粧も珍しくなかったようです。

主な化粧道具や方法


赤、白、黒の色を基本としていた、昔の化粧。

どんな道具を用いて3色を使いこなしていたのか、当時の代表的なメイク道具を紹介します。

・ 紅

唇や爪、目元にさして使っていた「紅」。

紅花から採れる色素であり、色気や華やかさを出すのに欠かせない存在です。

特に歌舞伎役者や花魁が施す派手な化粧を真似して、紅を使う人が多かった様子。

目元を切れ長に見せるセクシーな使い方や、口を小さく見せるよう控えめに塗るのが定番でした。

・ 白粉

江戸時代に庶民が使っていた「白粉」の多くは、鉛でできた鉛白粉でした。

庶民は手で、上流階級の人々は刷毛を使って白粉を塗布します。

安さや使い心地の良さから人気だった鉛白粉ですが、中毒事件が起こり安全性が問われるように。

これをきっかけに無鉛白粉が登場し、後に鉛白粉は製造禁止になったのです。

・鉄漿(かね)

歯を黒く染める「鉄漿」と呼ばれる染料。

鉄漿の作り方は家庭ごとに違うようですが、鉄や酢、タンニンを含んだ五倍子粉(ふしこ)などを混ぜて作られます。

臭いが強烈で渋みがある一方、虫歯予防になるという実用性もありました

化粧を落とすときはどうしていた?


江戸時代には、体や髪を洗うために糠(ぬか)や小豆を原料とした洗い粉を使用していました。

化粧を落とす時も、これらを用いて一緒に洗い流していたと考えられます。

木綿の袋に糠や粉を入れ、それをお湯に浸して洗うのです。

米糠といえば現在も化粧品に使われる成分ですが、含まれる油脂分が化粧を落としの役目を果たしていた様子。

糠や洗い粉は、庶民の集い場でもある風呂屋などで売られていました。

化粧は夫や周囲との関係を円滑にするためのものだった!? 意外と知らない化粧の歴史 | ダ・ヴィンチニュース(参照2020.5.13)
化粧の文化史 | 日本化粧品工業連合会(参照2020.5.13)
江戸時代の紅化粧 | 紅とは | 株式会社伊勢半本店(参照2020.5.13)
お歯黒について – 歯とお口のことなら何でもわかる テーマパーク8020(参照2020.5.13)
なぜ日本人は「お歯黒」だったのか – ライブドアニュース(参照2020.5.13)
化粧道具(日本編)|i-VoCE(参照2020.5.13)
日本審美歯科協会 > 歯のおはなし(参照2020.5.13)
もともとファンデは「鉛」でできていたの? | 資生堂 ファンデ100問100答(参照2020.5.13)
美容文化研究室 – アットコスメ(@cosme)(参照2020.5.13)
美肌づくりは洗顔から | ポーラ文化研究所(参照2020.5.13)

江戸時代と現代の違い!流行メイクを比べてみよう


化粧が庶民にも広まった江戸時代、今のように流行のメイクもありました。

江戸時代と現代の流行、その違いや特徴などを比べてみましょう。

ベースメイク:江戸時代は白塗り、現代はナチュラル

化粧の土台となる「ベースメイク」、肌色やツヤの決め手になる工程です。

江戸時代のベースメイクは、白粉による白いカラーリングが特徴。

鼻筋に濃くのせて立体的に見せる、季節によって濃淡を変えるなど、塗り方の工夫もあったようです。

現代の流行は、ナチュラルな肌感の演出。

塗ったか塗っていないか、絶妙なラインで自然に見せつつ、シミやくすみをカバーする方法です。

手抜きはせず、作り込み過ぎもしない。

最先端のファンデーションだからこそなせる技とも言えますね。

カラーメイク:江戸時代は笹口紅、現代は季節や服に合わせる


昔のカラーメイクといえば赤ですが、江戸時代には“笹口紅”がブームになりました。

これは口紅を濃く塗り重ねたときに、玉虫色になるメイクのこと。

玉虫色とは、光の加減によって緑や青、紫など様々に変化して見える色をいいます。

一方現代のカラーメイクは、季節やファッションにより使い分けることが多いでしょう。

春夏は爽やかなシーズンに合う、パステルカラーや明るい発色を。

落ち着いた秋冬には、ダークトーンやアシッドカラーがハマります。

黒いコーデに赤いリップをさしたり、服と同系統のカラーメイクで統一感を出す方法もありますね。

今と昔で道具の差はあれど、いかに美しく見せるかという探究心には通ずるものがあります。

江戸時代の流行〜女性のメイク・ヘアスタイル〜<前編> / 女性のための美容とライフスタイルの情報サイトBimajin ビマジン(参照2020.5.13)
【2020年】夏メイク年代別トレンド徹底研究 | VOKKA [ヴォッカ](参照2020.5.13)
花魁のお化粧ポイントとは? Make-up technic of Oiran. | スタジオ七色(参照2020.5.13)

儀式や実用性のメイクから美を追求するメイクへ。色や道具も時代により変化


時代とともに変化を続けてきた、日本のメイク方法。

主に「赤・白・黒」の3色を使い分け、時にはお歯黒や笹口紅など日本独自の装いに用いられてきました。

元々は身体の保護や儀式、呪術として使われた化粧も、美意識の芽生えによって見た目の美しさを表す手段になっていきます。

道具や技術が豊かになった現代ですが、それも昔から人々が美を追求し続けてきた賜物だと言えるでしょう。

出典
明治大学商学部「化粧行動からみる相互意思伝達の考察〜日本文化と濃い化粧の所以〜」(参照2020.5.13)PDF
時代とともに変化する化粧 | ポーラ文化研究所(参照2020.5.13)
美しさの象徴であるメイクの始まりが「呪術」としてのメイクだったって知ってますか? | モアリジョブ(参照2020.5.13)
王 麗宣(2013)「日本における化粧の発展と中国への影響」(参照2020.5.13)PDF